「両生空間」 もくじへ 
 HPへ戻る

 もどる

 連載小説



メタ・ファミリー+クロス交換
――――――――――――――――――――
偶然





(最終回)

 その月曜日、モトジは絵庭の決心に応え、それに感謝する、心づくしの食事を用意した。
 その日の絵庭は、苦しいタブーを自分で克服するすべを身に付けたのか、それとも自信をこめて自分の決心が下せたのか、あたかも憑き物が落ちたかのように、その振る舞いは透明で爽やかだった。
 それに何より、よみがえってきた自分らしさがいつくしめるのか、絵庭の仕草には、清々しい溌剌さとにじみあふれてくるオーラを漂わせていた。
 モトジの料理で、味覚を通じた共有世界を大いに楽しんだ後、二人して片付けにかかった。そして二人並んで流しに向かい、食器を洗っている時だった。ふと肩と肩とが触れ合って、二人にはさらに合い通ずる触覚が目ざめ、それを契機に思わず二人は向き合った。そして、湧き上がってくる思いに突き動かされるように、唇を重ね、そして深く抱擁し合うと、互いの身体感があつい手ごたえとなって二人を満たした。
 それは、遠い昔から永い間待ち焦がれてきたような、あるいは、来るべき瞬間がようやく到来したような、偶然の結果であって必然でもある、天命的な抱擁だった。
 もはや二人には、すべての時とすべての意味が熟していた。

 どちらが誘うともなく、また、どちらからも誘い合うように、二人は寝室に移った。
 そうして、再度、二人で向かい合い、あらためて見つめ合うと、二人の内には、さらに強くこみ上げてくる思いがあった。
 だが、絵庭の心の奥底に、タブーの負の記憶が、いまだに生々しい傷跡のように残っているのも事実だった。
 モトジは絵庭のその過去の亡霊を断ち切りたく、そういう彼女に、自分の側へと一気にジャンプして来てもらいたかった。
 モトジはその願いを、絵庭のエロスの女神に託した。そして彼女の耳元に、「絵庭、君に会わせたい僕がいる」 とささやいて、彼女の手をとって自分のそれに触れさせた。 
 絵庭は、そうするモトジにまったく素直に従っただけでなく、しずかにモトジの前にひざまずくと、ためらいもみせない自然さでモトジのジーンズもブリーフも脱がせてしまった。そして、姿を現したその 「僕」 に向かって、「はじめまして、絵庭です、どうぞよろしく」 と語りかけて微笑み、さらに、存在を鼓舞しはじめたその 「僕」 を、まるで子犬でも扱うかのように、両手でくるみ込むように手に取った。
 モトジは彼女のそうした仕草を目の当たりにし、彼女の感性は、壊れているどころか、健やかさそのものではないかと驚かされた。そしてベッドに腰をかけ、自分の両足の間にかしずく絵庭をするがままに任せて見やりつつ、ひょっとすると彼女の救出は大成功かも知れないと、湧き上がる喜びと勝利感にひたりはじめていた。
 絵庭は、手中のモトジに充分親しむと、さらに、その彼自身にまるで母親が赤子にするようにほおずりし、唇でふれた。そして絵庭は、いつもの清涼な目元にどこか真剣味を漂わせ、「してもいい?」 とでも、あるいは、「してほしい?」 とでも問いかけるような視線をモトジに送ると、それを自分の口に含んだ。
 やがて絵庭は、そうモトジを驚喜させ終えると、その 「僕」 を口から解放してモトジに返し、やや恥ずかしそうにも、つやのある笑みをうかべた。
 そうする絵庭はもう、あの禁制にとらわれた、モトジの理解に余る絵庭どころか、まるで翼が生えたようにモトジのもとに飛来してきている、天女のような絵庭だった。

 それからの二人に生じたことは、あたかも、分子の中に閉じ込められていた核エネルギーが放出する核反応の世界、さらには、二人で共に描く極楽浄土絵図だった。
 互いに衣服を取り合ってベッドに入ると、絵庭は、今度は自分の番だと言うかのように、「モトジ、私のにも」とささやきながら、彼の手をとり自分の秘部へと導いた。モトジはそうして案内されたその先に、指でまずやさしく触れ、その「彼女」 に自分の存在を伝えはじめた。それは、指の腹でかすかにさわる程度の微妙さでその「彼女」に触れる、モトジよりの親愛のあいさつだった。
 そしてモトジは、その指を左右に振るように動かしながら、その位置も微妙に変えていった。するとあるところで、絵庭はぴくっと体を反応させながら、「そこっ」 と敏捷に言ってモトジのあいさつに応え、さらに、「やめないで」とも伝えて、しだいに呼吸を荒げながら、モトジがもたらしてくる世界に自分をあずけていった。
 モトジが指の動きを早めてゆくと、絵庭の呼吸はあえぐかのように乱れはじめ、その涼しげな目もしだいに虚ろとなり、口もあいまいに開かれていった。そして絵庭は、普段のその清美な表情を、いまや、変態をとげる蝶のように生まれ代わらせつつ、おそらく彼女自身すら知り尽くしていない、自分の底深いエロスな秘密をモトジに明かしはじめた。
 激しいスポーツをしているかのように、絵庭の胸は大きく波打ち、熱い呼吸を繰り返した。加えて絵庭は、もはやモトジを先導するかの率直さを表わして、 「モトジ、入ってきて」とすら求めはじめた。
 しかしモトジは、それでもあえて意地悪に愛撫を与え続け、二人の間の壁をさらに壊しにかかった。
 絵庭は息をさらにあえがせながら、二度、三度と、同じ言葉を繰り返してモトジに請うた。モトジがそれでも愛撫を与え続けると、もはや絵庭はそれ以上こらえきれなくなったのか、自分の腰をうねるように動かしはじめた。
 モトジはそこでようやく、開かれた彼女の両脚の間にひざまずいた。そして、あらわに上下する彼女の腰の下に両腕を差し入れ、その腰とお尻の豊かなボリュームを両腕の内にかかえ上げ、両手で腰のくびれを絞りこむようにつかんだ。するとその時、絵庭の背筋から足先へと電流が走って、開いた両脚を天へと突き伸ばし、彼女はもう自分をそうあずけきっても、次の瞬間へと自らを託していた。
 モトジは、そのように目前に供された彼女自身を、まるで熟れた果物でもほおばるかのように、自分の口ですっぽりとおおった。そして、あふれくる絵庭の果汁の淡くサワーな味と匂いに酔いしれながら、自分の舌を、厚みを増して開花した陰唇の間に逍遥させた。
 その花園の散策に充分傾注しおえると、モトジはつづいて、両陰唇の頂点で存在を顕示しはじめている彼女の核芯を舌先で露出させ、先に彼女がモトジにしてくれたように、唇と舌でもって、自分の情念をそれに注ぎ込んだ。
 するとその時、絵庭が「もうだめ」と声を発して腰を大きく突き上げた瞬間だった。モトジの眼前に優美な水流が円弧を描いて噴き出し、彼の顔を生温かくも喜ばしくもぬらして、二人の間の壁はさらに崩れ去った。絵庭は「恥ずかしい」と口走りながらも,「はやく、早く、入ってきて」と途切れんばかりの声で執拗に請い続けた。
 モトジはそういう彼女をそっと横たえ直し、いよいよ、彼女のいじらしさと赤裸々さに応えようと、すっかり硬化しきった自分自身を、用意を整えて待ちこがれるその絵庭のもとに託していった。
 ぬるりと吸い込まれるようにモトジは彼女の体内に捕えられた。そしてモトジは、絵庭の熱い体温を彼自身を通じて受け取り、いまやあらゆる壁を取り払ってモトジを迎えている、生れ変ったも同然な彼女自身に強く心打たれた。そしてその絵庭も、自分が迎え入れている相手を、もう、「モトジ」とも「お父さん」とも呼んで区別すらしていない。モトジはそういう絵庭に接し, 自分もまさに両者一体であろうとする己自身を覚った。
 絵庭は、自分の全神経を集中させるかのように、もう両目も閉じ、そしてその 「両者」 に命ずるかのように、 「もっと奥」 と訴える。
 モトジは結合を保ったまま、彼女の両足を押し倒すように彼女の腰をいっそう浮かせ、自分の角度と彼女の角度を正確に一致させた。そこで、一気に力をこめてその求めに応じ、体重をかけて自身をその最深部に侵入させた。
 絵庭は言葉ともため息とも分らぬ嬌声をあげ、彼女の膣はますます彼自身をつつみ込み、きゅっと締め付けた。モトジはそこであえて動かず、彼女が与えてくる感触多彩な収縮とせん動を、あたかも自分が胎児時代に返ったかのように満身で感じとった。そして、今度はおもむろに、自身の運動をもってその彼女からのギフトに返礼しはじめた。
 初めはゆっくり、浅く、そして深く、時に乱暴に。そしてさらに、恥骨同士が邪魔をしないように二人の足をクロスするようにして、最深の侵入をこころみた。
 すると、モトジの先端は彼女の子宮の口に到達し、その感触がこりこりと伝わってきて、二人の触れ合いの極致の交換がなされた。
 その時、彼女の収縮はいよいよ極まってその頂点に近づき、絵庭の意識を朦朧とさせていった。
 その自分の壁がまさしく消え去ろうとするおぼろげな意識の中で、絵庭は、自分をそこにまで至らせるその相手がモトジであって父であるばかりでなく、もともと区別のつかぬ生命の本源へと回帰してゆくような、彼女の最も原初の記憶に立ち返るかの神秘な世界に到達しようとしていた。
 それは、自分の体内から噴上げるエクスタシーによって、それまで絵庭を凍えこませていた冷気が追い払われ、心のどこか遠くの深い底から湧きあがってくる、春風のように暖かく、子供時代のようになつかしく、誰かに甘え寄りすがってゆきたい願いがついに許され満たされる、これまで欲しつつも完璧に未体験であった世界の初めての到来だった。
 そして同時に、その高揚の絶頂点にあって、絵庭には、長く苦しかった暗闇のトンネルの彼方に、明るい出口が輝くように見えはじめていた。そしてその暗闇の天空をおおって無数の星がきらめき、絵庭を迎えて無窮の空間で包み込んでいた。

 若い頃のモトジなら、ここまで至ると自分も昇天してしまわざるをえなかった。だが、それは還暦を過ぎた男がゆえの強みとも言えるのだろうか、今や、そうして、いかにもなまめかしく極みに達してゆく絵庭を目の当たりに賞翫できるその至福感に満たされながらも、モトジは、まだまだ果てずに自分自身を維持していた。
 絵庭は、その最初の絶頂の潮がひとまず引きはじめたところで、朦朧とした意識からやや我に返りつつ、いまだ自分の内に彼があり、さらにまだ先へと連れて行ってくれようとしていることに気づき、それに感銘する。そのとき絵庭は、さらに自身を突き上げる次の衝動を覚え,「またいきそう」ともらすと、またしても身体を硬直させていった。そうして絵庭は、モトジにも、そして自分自身にも言い聞かすように、「こんなの、これまで絶対なかった」と告白していた。
 そうして彼女にいく度もの悦びを与える満足に、絵庭とのいっそうの一体感を確かめたモトジは、いよいよその時が接近しているのを知る。
 そして、「今度はいっしょだ、絵庭」と告げると、彼女にはさらにたまらない衝動が突き上げてきて、両手を差しのべ、頭をもたげてモトジの唇をはげしく求め、さらに、両手をモトジの背後にまわしてその尻の肉を鷲づかみにし、「来て、きて」と口走りながら、彼女がいまそうして得つつあるものを、自分の力の限り引き付けようとした。
 モトジは、ほとばしるようなそうした絵庭の求めに呼応して激しく運動を開始し、自分を沸騰点に導いてゆく。そして絵庭は、モトジの動きのその荒々しさに、いまだ彼女にひそむ熱情のすべてに火が放たれ、腰を突きあげ上体をのけぞらせ、まるで激しい苦痛に耐えるかの如きうめき声を尾を引くように絞り出しながら、その高揚の極に昇りつめていった。
 そうして絵庭は、溶け合ったモトジと父親のイメージがさらに溶解し、全世界の壁がすべて取り払われたかのごとく、自分がそう手にしかつ体内にも含み込んでいる相手を、そうがゆえに、いまや実感と実像をともなう、「私の宝」として受入れていた。
 そうして、モトジのペニスが激しい快感の収縮を繰り返して放出する彼の熱い贈与を、絵庭も瞬時に同じく激しい快感をもって受容し、さらに、自分をその深部から爆発させ、ふりや割り切りでは決して得られない、今やまさしく彼女の彼女たるものを自分自身に体現させていった。そして二人の間に、他の何者にも代えれない、二人でしかなされない、交換が行われていた。
 この最高到達点で共有された二人の合致こそ、二人が出会いから予感し、壊さないよう育て会い、追い求めてきた希求が、そうした臨界点に達して得られた、その核反応の極致と言うべき産物であった。
 モトジと絵庭はこうして、二人の情念の心底をさらけ出し合い、受け取り合い、融合し合い、交換し合って、一体の溶け合った存在と化し、安堵し切って、そこに尽き果てた。
 二人はそうして、落ちるようにやってきた、しばしの眠りの世界に入って行った。

 やがて二人にこの世への目覚めが戻ってきた時、絵庭とモトジは、かってない深い至福感と一体感を共有し、それが以後の日々刻々の豊穣な支えとなりうることを確信し合えていた。そしてそれと同時に、そうして交わされた交換が新たな生命すらを発生させうることと同義であり、ことに絵庭は、その交換の結果に素直に従え、どこからともなく湧き上がってくる不思議な安心感に包まれて、あの彼女を捕えて放さなかった子供を持つことへの恐怖感など、遠いとおい昔の、つかの間の悪夢のことのようにしか思えないのだった。
 そして、そうした世代ギャップや禁制を越えた世代間クロス交換を通じて、二人が引きずってきた片や子無し、片や父無しという二つの欠落が、いまや未来へと向かって解消され、さらには、その世代をまたぐ交換のもたらす新次元な家族を作って行けそうな出発点を、二人は共に想い描き、感じていた。









巷へ












 初回に戻る
 「両生空間」 もくじへ 
 HPへ戻る
                  Copyright(C), 2010, Hajime Matsuzaki  この文書、画像の無断使用は厳禁いたします